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生駒の行者石仏めぐり その5

長髄彦本拠の碑から20分歩くと、役行者が開基といわれる岩蔵寺があります。坂を登ると本堂が左手にあり、向かいの岩肌にはしめ縄がかけられ、たくさんの石像がありますが、舟形のくぼみをつくって役行者が彫り込まれている石像がありました🙆 まさに修験道場さながらの雰囲気のあるパワースポットでした☀️ 石仏めぐりもたいへん意義深いものがありましたし、役行者の存在の大きさと深さをあらためて味あわせていただきました❗️

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生駒の行者石仏めぐり その4

稲葉谷の石仏から徒歩数分のところに、なんと神武天皇東征の際に大いに軍勢を苦しめ、長兄の五瀬彦命に致命的な傷を負わせた長髄彦(ながすねびこ)の本拠があったとされる碑が建っていました😅この戦いのあと神武軍は我が紀州の海岸線を南下し、新宮の佐野から八咫烏の先導のもと大和に入り、長髄彦を破って橿原宮を打ち立てた!とされています❗️

生駒の行者石仏めぐり その3

次に駅経由で約30分歩くと、田んぼと池の近くに地蔵堂とその横に稲葉谷安永磨崖笠行者像がありました。お堂の横に急な石段があり、用心して登ると、最頂部に役行者を彫った懸崖仏がありました☺️穏やかなお顔の役行者でした🙆

生駒の行者石仏めぐり その2

長弓寺本堂は鎌倉時代創建の国宝で、大師堂南側には観音石仏群、様々な石塔、そして役行者の石像がありました👍️西国三十三所巡拝塔もありました☺️

また鎮守社も薬師院もあります❗️神仏習合の名残のある立派なお寺でした☀️

生駒の行者石仏めぐり その1

生駒山一帯も修験道の修行地として栄え、役行者と深い関わりを持つため役行者の石仏が多いということで、地元清掃のあと、生駒市へ役行者石仏めぐりに行ってまいりました。近鉄白庭台駅近くに車を停めて、長弓寺へお詣りしました☺️ 鳥居をくぐると先ず地蔵堂があり、次に愛染明王を祀る法華院、そして円生院があります。さすが聖武天皇が行基に命じて建立しただけあってすごく立派なお寺です👍️

定例のご近所清掃

今日は朝から計4名で高松交差点を中心に定例の清掃を行わせていただきました☺️いつもマスクのポイ捨てが多かったのですが、本日はほとんどありませんでした👍️中央分離帯の雑草が伸び放題になっていて手間取りました。これがゴミのたまり場を作る要因になります😢それと電信柱の根元が焼けただれていました。何を焼いたのか、雑草除去なのか分かりませんが、火を使うのは危険です😢 お気をつけいただきたいと思います❗️

高松根上り松竹枠修繕工事

和歌川河川公園に植えさせていただいている高松根上り松三基のうち、一基が度重なる台風と横の工事で竹枠がとれて今にも崩壊しそうであったので、友人3人にお世話になって修繕工事をさせていただきました❗️朝山東の上野さんに8年前同様に直径10cmを超えるド太い竹を伐採いただいていて、120cmに切り、公園で、鉄パイプで四方を押さえながら、竹枠を挟み込む工事をみんなで行わせていただきました。いい汗をかきました😅残りの二基は順調に育ち、いよいよ根が上がってきました。本日いくつか竹を外して根を露出させてみました👍️ そろそろ根上り松の原形が現れてきました。本日修繕した一基も遅ればせながら、少しでも成育が追いつくよう、日頃がんばって育てていきたいと思います👌皆様本日は暑い中😵ありがとうございます🙆🙏

養珠寺妙見堂へ

今日夕方紀州徳川家初代頼宣公ご母堂お万の方の菩提寺養珠寺の妙見堂まで久々に行ってきました。こちらから片男波の長い砂州を望み見るのが大好きです👍️この妙見山は地域の避難場所にもなっていて、避難路には手すりが整備されています。これから作りたい避難路の手すりの参考にチェックさせていただきました☺️幅もとらないし、簡易に取り付けていただける手すりとしては最適だと思いました。高齢化の進む中、高台への登り道には手すりがあると有り難いです🙆

また、久々に養珠寺ご住職にも帰りにお会いすることができてご指導いただけました🙏☺️

神武天皇聖蹟雄水門顕彰碑その2

今の泉南市男里7丁目に、神武天皇聖蹟雄水門顕彰碑があります。こちらは浪速の渡りを遡り河内国日下に着いたものの長髄彦の抵抗に遭い、五瀬命が矢を受けて敗走、たどり着いたのが男之水門、という和歌山と同じいわれがあります。ここは男神社摂社浜宮が近くにあり、天神の森という公園の中にあります。近くの男里川を遡ると男神社本宮があるそうです。生駒の豪族との戦いとすればこの地で五瀬命が流れ矢を受けた方が真実に近い気はするし、そこから和歌山市の雄湊に運ばれ崩御されたのではないかと勝手に推測いたします😅男水門については両方に候補地があり、和泉名所図会には「両説決し難し。後考をまつ也」とあるそうです☺️和歌山市小野町の顕彰碑の地も泉南市男里の顕彰碑の地も昔は港があったそうです❗️

神武天皇聖蹟男水門顕彰碑その1

和歌山市小野(おの)町にある水門吹上神社、通称'みなと恵比寿'に神武天皇聖蹟男水門(おのみなと)顕彰碑があります。神倭伊波礼毘古命(かむやまといはれびこのみこと)神武天皇東征の際に、男之水門(雄湊)にて兄の五瀬命(いつせのみこと)が生駒の長髄彦(ながすねびこ)の軍勢の流れ矢にあたり、大出血し、無念さから雄叫びして崩御されて、竈山神社に葬られたとされています。大阪府の旧泉南郡樽井町にも雄水門顕彰碑があります❗️こちらの顕彰碑は太平洋戦争時の戦火により、碑が欠けています😢

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